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人生は経験の複合体 モータースポーツとか色々な話

雑記 2026.5.06

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記事を書いた人:N

皆さんやりたいことをやってますか?
職業ならアスリート、ミュージシャン、レーサー、プログラマーだったり、趣味なら旅行、スポーツ、音楽、車、バイク、色々ありますね。
今回はやりたいことをやってみた経験がどうのように仕事に繋がっているのか私の経験を振り返ることで、このブログを見ている若い方の将来設計の参考になればと思います。 

今の私の礎となったのはなんと言ってもバイクの経験です。
18歳からメカチューンと言われる自然吸気エンジンの王道カスタムにハマり、毎夜カムピストンを組み換えて走るということに明け暮れていました。キャブレターの吸気音やタペットクリアランスの音を聞き、クランククラッチハウジングバックラッシュ音カムチェーンの音、高圧縮エンジン特有の排気音とノッキング、全開で走って音や振動に違和感がないか自分の身体のように感じていました。
今思うと、この感覚が今の原因追求能力に役立ったと思います。

それが1998~2005年頃、ちょうどインターネットが普及し始めた頃のことで、自分の趣味の活動を発信するためにHPを作り、これも毎夜毎夜ソフト無しでタグ打ちで更新していました。タグ打ちというのは簡単なプログラムのようなもので、思ったようなデザインになるまで明け方までパソコンに向き合っていたような気がします。
そしてHPを作る上で欠かせないのは文章力と写真です。人に伝わる文章と写真って奥が深いもので、私もセンスはないけど最低限のことができるようになりました。

私のバイクはマイナー車種だったんですが、マイナーな車種をいじっているといつの間にか同車種の先駆者と出会う機会が来るもので、20歳の頃にオーナーズクラブの主催者になりイベントなどを開催して、よく分からないままオーナーズミーティングやキャンプなどの企画、運営をしていました。

ひとつの事に一直線に向き合っていると不思議なことにやっぱりその道の先駆者に出会う機会が来くるもので、今度はバイクのレース部品を作っている会社、いわゆるレーシングチームですね、そんなところに就職することになりました。ダイノマシンで慣らしをするレース用バイクのけたたましい音の中、毎日毎日鈑金や溶接をし、旋盤、フライス盤、パイプベンダー、ロールベンダーなどを使って鉄板1枚からなんでも作り、人間の指は1/1000がわかるというのもそこで知りました。そしてロールベンダーで自分の指を潰してしまい「安全」を考えたりもしました。

物を作ることは得意だったのでこのままレース業界に落ち着きそうなものですが、思い描いた将来とのギャップが大きく辞めることになります。バイクや車に限った話ではありませんが、好きなことを仕事にするということはなかなか収入に繋がらないもので、社員なのに国保で国民年金で学生のアルバイトの方がまともな年収だったり、社員と思っていたのに実は個人事業主だったなんてこともあるかもしれません。
2輪にも4輪にも共通なことですが、そもそもレース業界っていうのは基本的に皆自分のことしか考えず、会社も個人もどうやって自らのレース資金を捻出するかばかり考えているので、企業と従業員という関係自体に無理があるわけです。2輪も4輪もほとんどのレーサーやレーシングチームはスポンサーやパトロン頼みのレース屋で、レース好きのパトロンに飽きられたらそれまでです。
かくいう私も人のバイクをイジるなんてどうでも良くて、しかもレース自体好きでもなく、結局自分のバイクのことしか考えていなかったわけで、レース業界を辞めたあとは好きなように自分のバイクに向き合うようになったわけです。
趣味の延長の業界なわけですから有名レーサーに多くを期待しても仕方ないのですが、業界を盛り上げようとして乗り物の楽しさを発信し続けているモータースポーツのインフルエンサーは土屋圭市織戸学谷口信輝くらいで、2輪に限ってしまえば寂しいことに皆無です。トヨタの豊田章男会長は東京モーターショーで「僕はね、ガソリン臭くてね、燃費が悪くてね、音がいっぱい出てね、そんな野性味あふれるクルマが好きです」と本音を漏らしましたが、ワクワクして機械をいじる、機械を操る、そんな楽しさが今の人たちにもっともっと広がっていけばいいなと思います。
話がそれましたが、今私が身を置く電気工事業界は収益構造や仕事に対するスタンスがレース業界とは全く異なり、無くなることがない業界であり、自分が安定するためには会社の安定が必要で、そのためには会社や自分の経験値を次世代に繋ぐことが責務だと感じています。

さて、自由になった私はバイクにテントと僅かな着替えを積んであてのない旅に出ました。
ひとりで途上国に行った時よりは安心ですが、公園や橋の下にテントを張り野宿をしていると不思議なことにやっぱりその道の先駆者に出会うわけです。
野宿の先駆者というのはバイクで旅するさすらいのキャンパーなわけですが、鳥取砂丘近くの有名な野宿スポットなんかだと一人、また一人と顔見知りが集まるようで、「この間□□さんと宮崎で会ったけど、夏はまた北海道って言ってましたよ」とか、「〇〇さん室戸岬にまだいましたよ」「あの人長いねえ。もう5年くらいいるんじゃないかな」とか私たちにとって非日常な会話が繰り広げられるわけです。
本当、つくづく色々な人がいるもので見聞が広がりました。

ということで18~25歳頃の私の経験の一部を描きましたが、夢でも仕事でも本気で取り組むと不思議とその道の先駆者と出会うことになり、その出会いが人生の分岐点になります。
そして人生は経験の複合体です。色々な経験が積み重なってその人のアイデンティティやスキルが確立されていくわけです。ITと編集でIT専門書ができます。ITと英語でIT系専門書の翻訳ができます。医療周辺機器の知識と設計でクリニックや病院の設計ができます。自社の業務を熟知した社員がネットワークなどのPCスキルを持ち合わせていればDX対策に欠かせない人材になります。

二つ以上のスキルが組み合わさると急に専門性が高まり需要が増えるわけです。
我々も電気工事だけのスペシャリストではなく他業界間との調整ができるスペシャリストを目指して行かなければと思います。

N

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